立場セカイ
ラインは一本じゃないと比べられない。
価値は、有ると無いの2種類。
有ると無いを作るには、全ての物を一度、一本のラインに乗せる。
それで、価値が有ると無いに振り分ける。
価値を付ける事によって、そのモノの居場所が決まる。
居場所が決まれば、対応がしやすい。上下関係や、自分の立場も取りやすい。
立場を取る為に、一本のラインに乗せてしまう。
この国の文化は、立場セカイ。立場から成り立っている世界。立場を無視はできない。
身分は無くなったハズなのに、いつの間にやら立場は出来ている。
立場を欲している。
結局、みんな良い立場を望む。ただ、みんなは良い立場には立てない。
それで立場を望むラインが出来て、その価値観に当てはめられる。
でもいつの間にやら、その価値観の奴隷になっている。自分たちで望んでいても、徐々に奴隷になり、違和感を感じだす。
もともと、多様。ひとつのラインには乗れない。それをひとつのラインに乗せてしまう。
もっとたくさんのラインが必要になる。そして、なによりもっと多様な、立場を認めるこころが必要になる。
立場はあってもいい。ただ、上下だけの立場だと、その奴隷になるだけ。
もっと多様な立場を、もっと多様なラインが欲しい。その多様を理解できる脳が欲しい。
まだ脳が、多様を理解できない。安易に考えてしまっている。おそらく脳の次の段階は、多様性を理解できる力。
大脳新皮質の次の脳は、多様性の脳。それを理解する脳。今はまだ進化の途中。
今の人が、理解できなくても仕方ない。でもおそらく、次のヒトたちなら理解できる。
立場をも越えた、多様の居場所。多様を理解する、”間”の脳。