おとなにあわせる
というタイトルで、子供の頃について考えてみます
隠してた
子供の頃は隠して、大人に合わせてた
世の中は、ほんの少しずつしか変わらない
今変わっているコトは、おそらく今始まったコトじゃないのでは
結構前から問題としてあって、ずぅっとくすぶっていたんじゃないかってね。思うワケよ
みんなオカシイと思いながらも変わらない
どのくらいで変わるのかって言うと、ざっと30年〜50年てとこかな
これどういう意味か分かる?これね、大人達は変えられないってコトだよ
子供の頃、そうだったでしょ?大人の社会に対してさ
これちょっと違うんじゃないのって。そんな感情持ってなかった?
世の中を変えるってのは、それなんじゃないかなって思う
これちょっと違うんじゃないのって。言わないけど、今も子供たちはそう思ってる
子供は権限ないからね。決める席に着けないからね。だから言わないし、そぶりも見せない
でも思ってるよ。これちょっと違うんじゃないのって。それを持ち続けるんでしょ
持ち続けてさ。大人になるまでの、長すぎる時間の中で熟成させてる
そうやって大人になって、権限持つようになってやっと
やっと世の中って変わる
ずっとそんなコトくり返してる、そんなヒトの歴史なんじゃないかね。この世の中
いつの時代だって、子供たちは思ってるんだよ。これ違うんじゃないの。って不満
だから変えてるのは、大人のようで実は子供の頃から持ち続けてる意識
確かに大人だけどね。大人から始めても遅いのかな
それじゃ変えられない。世の中、あまりにも変わりにくい。そんな仕様なのかもしれない
大人になるとさ、子供なんてなんにも考えてないように思うけど、違うね
それは大人が自分を未熟だと思いたくないから、子供という未熟な存在作って安心してるだけ
子供が、本当に未熟かは関係ないよ。子供には、未熟でいてくれないと大人が困っちゃうってだけ
そんな大人を察してだよ、子供は大人に合わせてくれてる
子供をさ、演じてくれてるんだよ。どう?そう思うと、いたたまれなくなるんじゃない
大人なんてさ、子供が子供を演じてくれないと、辛くなっちゃうんだよ
そんな大人が沢山いるんだもん。変わらないよ
大人なんて、未熟なのに傲慢なだけの存在に成り下がってる
見下すし、人の意見を聞こうともしない。やだね大人って
何がイヤだって、自分に振り返った時、自分がどっぷりと大人に浸かってる
ダメだなぁ。こんな自分がいたんじゃあ、世の中変わらねぇよ
もっと謙虚になって、人の意見を聞いて、どんな人も尊重しないと
もうこの際、大人を返上するべかな〜。大人消滅させて、み〜んな子供ってね
大きいか小さいかだけで、みんな子供扱いで良いんじゃない
みんな子供だからさ、良い考え持ってれば、小っちゃい子供に任せちゃってもイイ
あくまで、良い考え持ってればだけどね
しがらみとか無いからなぁ。小っちゃい子供の方が、結構凄いコト出来たりしてね
そうなったら、大人の面目なんてホント丸つぶれ。現実にそうなったら、どこに逃げよう
どうやって誤魔化そう。心の中の未熟さと、向き合えずに逃げたくなるでしょ
小さい子供の方が、何でもかんでも、うまくやっちゃたらさ
大きな子供の方が、どうやら厄介だね。小さな子供は、だから演じてくれてるんだよ
世の中って、一人ひとりの心が作ってるんだなぁ
未熟な部分がそのまま、世の中になって。しかも未熟さを隠そうとするから、タチが悪い
中身の無い形式に守られて、従来にしがみついて、面目を保ってるんだろうな
そこか。面目捨てりゃいいのか。それで世の中、すんなり変わるようになるのかも。です
大人に合わせるは、演技。求められるから、子供は演じる。結局大人である我々が、解決を疎外してたというオチでして
いやぁ、そんな結論とは、我ながらびっくらこいたね。大人の面目保つのが原因で、世の中って変わらないし、腐ってるなんて状況になるワケだ。こりゃびっくり。我ながら情けない(T-T)(T-T)(T-T)(T-T)(T-T)(T-T)。てなわけで、明日なのですが。あしたは、『情熱』ってタイトルで、得意なモノの根本はなんだろうってコトについて、考えてみようと思います。おたのしみに!