えすかれーしょん

きこえる

きこえる

昨日の拡張

脳だろうか

見えるは脳だった。聞こえるというのも、脳だろうか

聞こえる。耳という感覚器が捉えている

ただ、目の時と同様に、脳が捉えなければ、聞こえるとは思えない

確かにそれは間違いではないけれど、聞こえるの場合少しだけ状況が変わる

おそらく、脳だけで捉えていない

それ以外でも、捉えている

脳が機能していなくても、他で捉えて感じるコトが出来る

捉えているのは、体。そして心

聞こえるは、イメージで構成される映像とは違う

音を、イメージで捉える場合もあるが、音には種類が多い

映像として、像を結べるような音もあるが、もっと破壊的な手に負えないような音もある

音は、何かがあったコトを知らせてくれるモノ

場合によっては逃げなくてはいけない

映像のように、のんびりしていられない

音を感じた時にはまず、それが危険なモノか安全なモノか、判断しなければならない

脳はそこで使われる

安全だと分かれば、その音を落ち着いて感じるコトになる

音自体は振動。波。体もその波に同調させる

心も、同調させる。同じ揺れ方を楽しんでいく

それは、脳だけではない。カラダも心もそうしていく

完全に疑似の世界を脳の中に作りあげる『見える』と違い、音は外の世界と調和する

外の世界と、一体になる行為

音によって、ヒトは外界と一つになる

それはヒト同士も同じで、音の聞こえる範囲にいるヒトが、一つになる効果もある

儀式などで、音が用いられるのも、この効果を狙ったモノかもしれない

音は、体の外側も、かなり深い内面も繋げてくれる

命の根源である、鼓動にも影響して、響いていく

これはなんなのだろう

いや、もともと弧ではなく、命は繋がりを持つモノ。そこに帰るだけかもしれない

バラバラになってしまうヒトを、音によって結びつける

それを、いつの時代のヒトも求めている。なぜならば、音は平等

立場や地位など関係なく、誰にも等しく響いて繋げてくれる

人は一個の動物に戻り、そして深い部分で繋がっている、大いなる生命体に戻れる

音は、脳という一部分だけを使うモノとは違い、体全体、そして細胞のひとつひとつ、さらにその奥の深い部分にも、関係する

根源に繋げてもくれる存在。聞こえるというより、同調するモノ

聞こえるは、繋げる。奥深い所から、体の表面、そして他のヒトまで。同調し、一つになっていく。忘れてしまいがちな根源に、導いてくれる存在

-えすかれーしょん