わらう
自然に出てくる。
とても自然に出てくる、あれはなんだろう。
とても自然に出てくる笑い、それはなんだろう。
意識して出る笑いもある。準備して出る笑いもある。これはそれなりに理解できる。
自然と出る笑いというのは、どこから来るのだろうか。どこにスイッチがあるのだろう。
それを探ってみようと思う。
まず不自然な笑いとは、どんなモノだろう。これは意識の中での笑い。考えて笑っているモノ。
とすると、自然と出る笑いは、考えていないコトになる。
考えていないとすると、自然と出る笑いはどこかで何かを感じて、出てきている反応と言える。
たとえば、とてもおいしいモノを食べた時、出てくる笑いもある。
これは舌で感じて、いや、想定していた味よりもおいしく感じて、出てしまう笑い。
満足がさらにあふれて、出てきてしまう行動。舌で感じると言うより、カラダが喜んで、満足の許容を越えてあふれてくる笑い。
その他の、たとえば小さい子供を見ると出てくる笑いはどうだろう。
小さい子供の行動は、とてもおぼつかない。完成されてないし、深く考えての行動はしない。
ここでも、考えていないというキーワードが出てきた。考えていない子供の行動。
それを見ていると、弛んでいく。弛んでそれ以上ないくらい弛んだら、そこから笑いが溢れてくる。
考えるコトは、緊張。緊張しては、自然な笑いが出てくるわけはない。
溢れてくる自然な笑いは、満足を越える満足と、弛んで弛み切ったあとに出てくる、行動。
こわばりがちな現代のヒトには、とてもありがたい、ひと時。自然と出る笑いは、本来の自分に帰れた証し。根本的な自分と、一体になれる至福の状態。