えすかれーしょん

ひめる

ひめる

口に出してしまうと、意味合いが変わってしまうコトがある。

口に出しただけなのに、なぜ意味合いは変わってしまうのだろう。

思いは、頭の中にある。それを外に出しただけ。他のヒトに知られるようにしただけ。

口に出したモノは、その瞬間から他のヒトのモノになる。

同時に、とても安っぽい存在にもなってしまう。コトバはあくまでも、概念につけられた名前。

薄っぺらの名前を口から出しているだけで、表面的なモノ。概念は、もっと深く大きな存在。

薄っぺらな名前を出しているだけなので、とても安っぽくなる。

概念は大木。その大木の枝の先についた一部の果実に、名前がつけられてコトバになる。

口にした途端、一部しか表現できないコトバでは、意味合いが違ってくるのも当然。

頭の中で思っているモノなら、全てとは言わないが、そのものの概念を捉えるコトが出来る。

そのものを捉えるコトが出来るなら、口にせずに、やはり秘めていた方がイイ。

他人などに分かってもらう必要はない。秘めているモノがあってもイイ。

口に出さずに、その秘めたモノから滲み出るエキスを、表現として表面化すればいい。

コトバなんて、一部を説明したに過ぎない名前。もっと概念はたくさん枝分かれし、深く根を張る大木。

大木が大木である為に、概念が概念である為に、口には出さずに秘める。他人との共有は分かり易く、安っぽい。深い自分だけの領域を、持つのは大事だと思う。

-えすかれーしょん