多分分かる世の中の事

前提

制限の巻

いろんな所で争いが起きる。大きい物から小さい物まで。何で争いというのは起きるのだろう。争いは現象だから、原因ではない。おそらく原因が存在するのだろう

争いの元になる原因。火種という物が存在。火種があって争いが起こるのだろうけど、それは必ずではない。火種があっても必ず争いが起こると言うコトはない

火種の段階から、そのあとの立ち回りで争いが起こったり争いが起こらなかったりする。出来れば争いなど起こらないようにしたい。それにはどう立ち回ればいいのだろうか

考えて欲しいのは、立ち回りによって、争いを起こさなくも出来るということ。無駄な争いを避ける為なら、ある程度大変なコトも出来るだろう。いや、大変なコトなどしなくても良いのだけど

前提となるのは相手を立てることだろう。相手を立てるのには相当強烈な意味がある。相手を立てたなら、それに見合う行動に制限させることが出来る

立派な人間ですね。と相手を立てたなら、立派な人間の振る舞いに行動を制限させることが出来る。これは争いに発展させない仕掛けとして効果は大きい

最初から相手を立てないといけない。そして自分を立てないといけない。それは行動を制限させる為。感情的な暴走に歯止めをかける為

ネットなどの争いを見ていると、自由すぎることが原因と考えられる。相手を立てて行動を制限する仕掛けを施したなら、状況は変わるだろう

人というのは、人に認められると行動に制限が掛かるらしい。認められるというのは、独りよがりではなく現実に起きている現象。独りよがりの場合、自分の中だけで成立するのでそれが現実か想像かの区別が付きにくい。人に認められれば確実に現実

その認められるという最大の称賛を失いたくはないだろう。なので人に認められた人間は、自分の行動に注意を払う

認められている部分を失わないように。人は自分の行動を気をつけるようになるのだろう。これは人を暴走させない為の最大の薬になる

逆を考えてみよう。人に認められない人間はどうだろう。あなたは立派でない人間です。この烙印を親や教師に言われたとしたらどうだろう

もちろん親や教師でそんな事を言う人はいない。あくまでたとえばの話。立派でないと烙印を押されたら、どんな危険な行動をとっても平気になるだろう。立派でないのだから、どう行動しても問題ないだろうという論理で

人に烙印を押すのは、とても危険かもしれない。どんな凶悪な行動もとりかねない。考えただけで恐ろしい。やはり人は尊重して、認めてあげないと

いろんな凶悪事件は起こる。勉強が出来るコトだけを認められても、それは機械や物と同じ。数字化されて処理されるのは、物と同じと考えてイイ。つまり人として扱われていないというコト

存在を認めてあげて欲しい。そして存在を立ててあげて欲しい。間違った行動をとった人には特に、あなたはもっと立派な人間だ。こんなバカなことをするべきじゃない。あなたらしい行動をとりなさい。と諭すのが効果的だろう

立派だ、紳士だ、賢い、優しい、あたたかい、など人を認める表現は沢山ある。子供のうちからこういう言葉を沢山子供には与えたい。子供でなく大人になっても同じ。認める言葉でその人の行動を変えていきたい。人は認められるほど、実際の行動もそれに見合うモノになる。その効果を沢山利用していきたい

2008年6月1日〜7日の週間トップを発表します!!1位 担い手がいれば問題ない 2位 さらし台でした!!

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