多分分かる世の中の事

持たぬ者

憧れの巻

どうもチカラに憧れを持っている人が居るらしいことが分かった。おそらくチカラに対してコンプレックスを持ち、同時に幻想を抱いているのだろう

幻想というのは、万能感を生み、チカラさえ持っていれば何でもうまく行く。そんな思いを疑いもしないのだろう

この世界はまだ、パワーゲームの中にいる。それは疑いのない事実。ただ、実はパワーゲームはかなり前に行き着くところまで、行ってしまっている

米ソ冷戦の時代、双方の軍拡はエスカレートし、パワーゲームを続けて行った。それは意地の張り合いであり、必要以上に兵器を持ってしまった

必要以上にと言うのは、使い切れないだけの兵器の量と思って貰えれば良いだろう。明らかに持ちすぎだと思う。それは核兵器であり、使ってしまえば破滅すると誰もが想像出来る量

その時、持つ者は初めて気づいたのだろう。パワーゲームが行き着く所まで行ってしまった事を。使えない兵器を積み上げて、意地の張り合いをしていた滑稽さを、持つ者だけが気づいたのだろう

持つ者にはそれを発表して欲しかったのだけど、どうもそういう事は言わないらしい。その為に、持たぬ者は現在に至ってもチカラに幻想を持ってしまっている

もうパワーゲームが行き着く所まで行ってしまったと気づかずに、まだパワーに憧れている。茂木健一郎さんの言う、周回遅れで追いかけているカタチだろう

持たぬ者とは、そういう事かもしれない。そしてそれは日本だけに限らない。他の国もおそらくそうなのだろう。それが恐ろしい

日本のようなそれなりに豊かな国は、この生活を壊してまで、破滅の道は進まないだろう。ただ、まだ貧しい国がチカラを求めたらどうだろう

もちろん貧しい国に、高い兵器を買う事は不可能。不可能だけれども、チカラに憧れる方向性はある。この時どんなコトが起きるだろう

おそらくさほど高くない兵器によって、何かを勝ち取ろうとする。チカラの万能感を信じ、何かを得るために武器を取るだろう。そういう目で見れば、アフリカなどでは凄惨な戦いが繰り広げられていた

チカラに憧れた者達の、衝突なのかもしれない。チカラを持たぬ者の、当たり前すぎる振る舞いなのかもしれない。チカラを持たぬ者が、これから恐ろしい

パワーゲームのままでは、チカラを持たぬ者が欲しがって欲しがって、とても危うい。まかり間違って強力な兵器を手に入れてしまったら、どうなってしまうのだろう

大国に比べて、チカラを使う事へのためらいは少ない。おそらく、使えるようになったら平気で行動を起こすだろう。これから起こってくる恐怖は、そんなところから始まるのかもしれない

チカラを持つ者も恐ろしいが、チカラを持たぬ者も恐ろしい。彼らが抱く、万能感や幻想が恐ろしい。人類は、それも乗り越えないといけないテーマの中に入れるべきだろう。チカラに憧れて、チカラを欲しがるものはアチコチにいる

2007年12月30日〜2008年1月5日までの週間トップを発表します! 1位 くぎり 2位 手つかず 3位 好ましい 4位 脇役 5位 おろす6位 いつまででした!!多っ!!

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