えすかれーしょん

あんぜんけん

今日は、場所による振る舞いの違いについて、チョッとね

あんぜんけん

全く違う

安全圏にいる時と、危険地帯では、振る舞いがまるで違う

同じヒト。であっても、その場所ゴトで振る舞いが変わる

安全な場所では、積極的になり、ワガママにもなる

危険な場所だと、消極的で、当たり障りのない行動をとる

危険な場所で、積極的にワガママに振る舞えば、それは身の危険を意味する

当然そんな危険は侵さない。自分の身を守ろうとする。それで振る舞いは変わっていく

ヒトは、場所で行動を変える

生きてきた場所がどんな所かで、同じヒトでも違う振る舞いになる

環境が違えば、同じヒトもまるで別人になってしまう可能性があるってコト

逆に言うと、人の振る舞いを見れば、そのヒトが育ってきた環境もある程度予想出来る

すると、例えば問題行動。問題行動を起こす要因

その一因が環境にあるならば、問題行動を起こさせないように、持って行けるかもしれない

危険か安全かは、命に関わる。その時の感じる痛み。痛みの強弱がある

問題行動が痛みが強い時に起きるのか、弱い時に起きるのか

痛みが強い時に起きるものなら、痛みを無くして、和らげるコトが治療になる

逆に痛みが弱い時に起きるなら、痛みを強くして引き締めるのが治療

安全圏の時は、行動が積極的になり、ワガママになる

この傾向の問題行動なら、痛みを強くして引き締めていくコトになる

危険な場所では、消極的になり、当たり障りのない行動をとる

この傾向からくる問題行動は、痛みを無くして、和らげてあげる。それが治療法

ヒトによって、治療法、解決法は違う。なぜなら生きてきた環境が違うから

結局、生きてきた環境の中で、何が許されて来たかってコト

または許されなかったかってコト

ヒトは、許されすぎても、許されなくてもうまくいかない

出来る限り多くのパターンが必要。いろんな環境のパターンに身を置く必要がある

なぜなら、その都度その都度で、振る舞いを変えないといけないから

その場所に合わせて、自分の振る舞いは変えないといけない

それをする為に、いろんな環境のパターンを知っておいた方がイイ

国民性という言葉があるけど、あれは環境性なんだと思う

環境の中で、許されるコトや許されないコトがあるから、振る舞いがある程度似るんだと想像出来る

どちらが良いというワケでもない。いろいろあるというコト

その都度その都度変える必要もあるというコト

もっと違う言い方をすると、こっちでは問題行動にはなるが、あっちでは問題行動にならない

同じ行動でも、環境によっては問題行動になるかどうかも、違って来る可能性があるってコト

環境って、そこまで変わる。もっと言えば、こちらで問題行動でも、あちらでは好意的に受け止められる

そういうコトもあるってコト。求められるコトって違う

一応その中で、大まかな基準が出来る。いろんなサンプルがあって、始めて基準が出来る

それでも決まっていない。環境に合わせて、行動も変えていく

であるならば、やはりいろんな環境を経験しておいた方が、対応出来る

その場所ゴトで、求められるモノは違う。とても戸惑うが、それは当然なコト

今居る環境が、絶対のモノであると思いがちだけど、それは大いなる勘違い。世界は広い

いろいろあるから、自分もいろいろに対応出来るように、チューンしておく

それが理想的。でも実際にはそううまくいかない。戸惑いながら生きるのも、イイかもしれない

それで、良いのかもと思う

安全圏は、1つのパターン。いろんな環境があり、求められるモノが違う。場所毎での適応力。生き方はいろいろ

求められる生き方って、いろいろなんだね。確かに役に立つモノって、その場所その場所で違う。人間に求められるモノも、その場所その場所で違ってイイのかもしれない。どうしても、今の環境が絶対だと思いがちだけど、一つのパターンに過ぎないね。小さな世界でしか、生きてないってコトなのかな

-えすかれーしょん