えすかれーしょん

わるぎ

わるぎ

良いモノが、そうでなくなる。

正しいモノも、変化していく。

悪気が無くても、悪い効果を出してしまうコトだらけ。

悪い効果が出ていると言っても、最初から悪かったのかと言えば、違う場合もある。

数日前のブログで、忠誠を誓うヒトが、組織の型を変えられないと云う内容を書いた。

偉大な前任ほど、そのヒトのカタチを、後のモノは裏切れない。

それでカタチを守り、その時のあるべきカタチから、離れてしまう。

悪気はないのかもしれない。

それぞれに、理由があって、それぞれに正しさがあって、良かれと思ってやっている。

なぜそうなっているのかを突き詰めると、何か別のモノが、隠されているように思う。

ヒトの営みの中には、様々な要素があり、複雑な立体構造になっている。

その一つの正しいと思われる行動が、もう一方ではあきらかに害になっている。

本人は正しいと思ってやっているので、悪気はない。よもや自分が間違っていると、思いもしていない。

なので変える気はないし、当然のように抵抗もしてくる。

変えようとする側も、自分たちは正しいと思っている。変える必要がないと思う側も、当然正しいと云う認識。

どうやら、簡単にコトは運びそうもない。

手術をするのであれば、表面的な所ではなく、もっと本質的な所から見ていく必要がある。

全ては正しい。その観点を持ち、その上で現在にふさわしくないカタチの元になる、正しさを探って行く。

正しいが、現在にはふさわしくない。チカラずくは避けるので、その旨を念入りに伝えるコトを主とする。

それが手術になる。簡単にはいかない。そこにヒトの生活はあり、長年そうやってきている。

変えなくてもイイ。まずは、認識を変えて貰う所から。

全てを変えるなど、おこがましい。ほんの僅か変わればいい。

行動の核となる所が、変わるコトが望ましい。

核さえ変われば、いずれ動く。それは相手に任せてしまう。やりすぎると逆効果。

それなりに、今ある行動には理由がある。

間違っていても、理由がある。悪気はない。変に悪者にしない方がイイ。

みんな必死で生きている。極力悪者はつくらない。全部正しい。その上で、好ましい道を探っていく。

悪気はない。悪者をつくって、滅ぼそうとするのはやり過ぎ。正しいが好ましくないので変えて貰うが、本筋。

-えすかれーしょん