ばっくあっぷ
敵かもしれない。
同じコトが、出来る存在。
後ろで支えてくれる、バックアップが居てくれる安心感で、専念出来る。
実際、ダメになったとする。でも大丈夫。バックアップが居るから、脳も、カラダも、心も充分休める。
と同時に、恐い存在でもある。
同じコトが出来るなら、仕事を奪われる可能性も、否定出来ない。
偉大な発明というモノがある。
驚くべくは、同時期に同じような発明をしていた存在が、いる不思議。
差はほんの僅か。僅かの差で、発明を逃す2番手。彼らも、バックアップかもしれない。
完全に敵同士である。得をする者、損をする者。
とはいえ、偉大な発明は世の中を、様変わりさせる。発明者は、人類の財産。
一つの発明が、文明を何十年も、進める。もしもその発明者を失えば、進むハズの文明が、かき消える。
世界にとって、大きすぎる痛手。
そこでバックアップ。当事者は、敵同士で死活問題。でも、大きな括りの人類で見れば、必要な財産。
小さい世界での意味合いと、大きい世界での意味合いが、こんなにも違ってくる。
う〜ん。混乱してきた。整理してみる。
そのコトを、果たせるかどうか。果たすのはもちろん、ヒト。果たさなければ、進まないストーリー。
物語に主人公が必要なのは、決まっている。その主人公が果たすべきコトも、決まっている。
そこに、主人公候補が、何人か居る。そう考えれば、判りやすいか。
もともと敵同士というのも、広い意味ではバックアップかもしれない。
残酷な奪い合いも、引いた所から見れば文明を進めている。
ダレかが倒れてしまったとしても、代わりの者がいる。
ストーリーが進めば、良い。文明が進めばそれで良い。
大きいテーマが果たされるコトが、目的であって、日常はとても残酷な奪い合い。
結論としては、そうなってしまった。でも、そんなコト思いたくない。
引っかかるのは、本人にとっても、安心感はあるというコト。バックアップは、確かに敵の要素も否定出来ない。
でも、それだけじゃない。バックアップには、まだナニかが隠されているハズ。
追求しよう。バックアップされる側と、する側。両者にある、共有部分。
確かに奪い合いの要素もある。でも同時に、同じテーマに向かっている、同士でもある。
まるで、タスキを繫ぐ駅伝のように。一つのテーマを、共有している。
タスキが渡されないとしても、同じテーマを共有している、味方でもある。
敵でもあるし、味方でもある。真逆が、同居してしまった。こんな答えで、良いのだろうか。
そのテーマが敵ならば、その敵に立ち向かう味方同士だと言って、間違いはない。
ただ、役目を奪い合うと考えれば、敵同士。
ヒトはこれだけ多い。役目を担うヒトは、山ほど。敵であり味方である、グチャグチャな社会。
どうしてそんなに、グチャグチャで残酷なのだろう。
それはヒトが、有限だから。沢山居ると言っても、有限。
ヒトは教え、学ぶ。もしも、大切な発見であれば、ダレにも教えず独占した方が得。
教えも学びもしなければ、独占が可能。ただ、独占すると、そのヒトがこの世から去る時、同時にそのモノも消え去るコトになる。
発見者や発明者は、その発見や発明を残すコトで、未来にも生き続けられる。生きた証しが出来る。
でも、独占して死んでしまえば、居なかったのと同じ。
自分を残したい。有限なヒトは、なんらしかのカタチで、自分を残そうと願う。
大きいテーマや文明を進めるコトは、自分を残すコトにも繋がる。ストーリーを進めるのは、ヒト。
ストーリーを書き手はヒトだった。そして担い手もヒト。
残酷な奪い合いであっても、優れたモノを残そうと願うのは、ヒトの想い。
バックアップの安心感こそは、ストーリーを進めて欲しいと願う、ヒトの想いと考えて良い。
バックアップは、想い。何が何でも優れたモノを未来に渡そうとする、ヒトの強い意志。たとえ敵、味方のカタチでも。