えすかれーしょん

きょうかん

きょうかん

支配は、カラダからの伝達物質。

意志のほとんどは、カラダからの伝達物質が握っている。

では、共感はどこが支配しているのだろう。

心の主体となる部分は、カラダからの伝達物質がアクセルとなり、脳がそれを制御する。

主体となる部分はそれで良いと思うが、共感する部分はどこにあるのだろう。

心の大きな働きの中に、共感がある。共感するからこそ、心と言える。

美しいと感じたり、落ち着くと感じたり。詩や俳句で状況をイメージするのも共感のチカラ。

自分がそれに共感出来るコトは、なぜかとてもうれしい。共感は、とても気持ちが良いモノ。

共感する時は、イメージしている。それは過去の記憶と、想像が混ざって出来たモノ。

イメージや、過去の記憶というコトからすると、共感は脳の働きと考えて良いのかもしれない。

でも、脳だけだと創造物になってしまう。働きは脳であるとしても、大本になる部分までは担っていない。

大本にある過去の記憶は、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚の五感が担っている。

自然の中に入れば、その五感により景色を楽しみ、草のニオイを楽しみ、鳥や虫の声を聴き、花や葉に触れる。

その場その場特有の世界を、五感で感じ、記憶している。

その記憶の再構成が、共感になる。

なので、詩や俳句の情景が分からないという場合は、経験がなく再構成が出来ないからだと言える。

どれだけ経験したかで、共感の幅は変わってくる。

子供は当然経験は少ない。共感の能力は、大人より低いと考えられる。

実際には、大人であっても経験していなければ共感は出来ないので、あくまでその傾向があるとしたい。

本当は共感していないのに、みんながやっているからと、マネてみるコトもある。

とくに子供の頃は、なんだか分からないけど、みんながやっているのでそのフリをするコトは、多いように思う。

本当の共感は、五感で感じ記憶に刻むという、経験が生み出す。

子供より、青年。青年より大人。大人の中でも、お年寄りの方が経験の量は多い。

すると、あくまで傾向であるが、お年寄りの方が共感の能力は高い。

共感は悦びなので、歳を重ねる毎にその記憶の再構成を、楽しめるようにもなる。

共感という、とても重要なヒトの楽しみ。

それを豊かにするには、経験が必要。いろんな場所に行って、その場を感じる。

そしていろんなヒトにあって、そのヒトを感じる。出来ればぬくもりや笑顔を、記憶としてコレクションしたい。

別れや悲しみも重要で、そこからの支え合いも、良い記憶になる。

やはり心というのは、脳だけでは成り立たない。カラダと共に、実体験を伴って、豊かになっていくモノ。

共感は、再構成。一粒で、3度も4度も楽しむ、ヒトの悦び。とすると、人生のテーマの一つは、経験せよ!かもしれない。

-えすかれーしょん