えすかれーしょん

すき

すき

それで続けている。

ずっとやり続けていられる。

好きだから、ずっとやり続けていられる。

ヒトは、一生をかけてでも、やり続けるコトがある。この時使われるのが、好きという表現。

好きだからやっているという表現。それがよく使われる。

この好きという表現は、どういうものだろう。それを探ってみたい。

好きというのは、自分自身が思うコト。自分だけが感じた状態。

誰にも邪魔はされない。主体性が自分にある感情。それが好きとい表現。

それだけに、覚悟がある。そしてその気持ちには、ウソはつけない。

表面的にウソをついて、好きという演技は出来るかもしれない。

でも、好きという感情はとても大切なモノ。ずっとウソを演じ続けられるモノではない。

好きというのは、自分の芯の部分から、素直に出てくるモノ。自分自身とも言える。

さて、その自分自身とも言える、好きとは何なのだろう。

好きというのは、そうしたくなる。そして、そうしなければならない。

その後には、そうしてしまうモノと、続いていく。まるで運命づけられたように、自分はそう動いている。

これは・・・・・・?はたして・・・・・・・?どういう仕組みだろう。

なんで、そうしたくなるのだろう。そうしてしまうのだろう。

これは、刻みつけられた特性といった方がイイ。根本的な部分の、生まれつきある特性。

ただ、好きにも階層があり、生まれつき刻まれたモノ、生活の中で身につくモノ、気分で変わるモノとある。

それぞれ深い好き、中間、浅いと分けられる。

好きというのは、自分の根本から来ている、重要な感情。階層ごとに、好きの意味合いも違ってくる。としても、好きという感覚は、自分自身でありウソをつけない、心の軸だと言える。

-えすかれーしょん