かたな
抜く。
都合が悪くなると、抜く。
都合が悪くなると、刀を抜く。
刀は、都合が悪い時に使う道具。自尊心と共にあるが、安易に使ってしまうモノ。
あらゆるチカラは、持つほどに安易に使えてしまう。
自分の非を隠す為、相手の非を指摘し、それでも足りなければチカラを使って、身を守る。
全てヒトが昔からよくやってしまう、おこない。
刀とは、相手の口を封じるコトの出来る、道具。相手の思いもねじ曲げるコトが可能な、道具。
大昔から、お互いに刀は使われ、どちらかの口が封じられて、現代に至る。
自分の都合に合わなければ、刀を抜く。このスタイル自体は、現代もさほど変わっていない。
みんな自分の都合を通したい。お互いにそれをやる。自分の非は、隠したい。これもお互いにそうしている。
2三歩下がってみれば、とても滑稽な、繰り返し。
ヒトはキレイなままで、居たいと思う。そうでなければならないと、思い込んでいる。
それで自分の非を認めない。自分の非と向き合わない。なんとかごまかして、キレイなカタチを取り繕う。
キレイなカタチに取り繕う時、刀を使う。相手の口を封じれば、自分はキレイでいられる。
少なくとも、世間的にはそういう自分で居続けられる。自尊心とは、ごまかして取り繕う、卑怯の源と言える。
刀もその卑怯を、サポートしてくれる、取り繕う為の道具。
非と向き合えば、制裁が待っているかもしれない。その制裁から、逃げようとする。
制裁を恐れ、刀を使って、その場を逃げ切る。
非を作ってしまうのは、浮かれている自分が起こす。浮かれて行動をするから、あとあと逃げなければ、ならなくなる。
浮かれて、相手を軽んじる。その軽んじてした、行動の結果が、あとあと自分の非になってしまう。
相手に対して、尊があれば、軽んじた行動はとれない。これは、自分の非を作らない上でも、重要な要素。
自尊心だけでなく、他尊心も持つべき。それは、ごまかして取り繕う状態から、回避してくれる。
刀を振り回さなくても、済む。
過去の過ちは、相手に対して軽んじた行動から来ている。たずさえるのは刀ではなく、相手への尊という気持ち。誰にでも尊を持って接すれば、取り繕うという無駄なコトをしなくて済む。必要なのは、刀ではなく尊という心構え。