しゃーぷ
交わって、繋がっては出来なくなる。
関係を築くほどに、失うモノもある。
時として、関係を断つコトも、選択肢になりうる。
どんな関係であれ、それにはその繋がりの、雑務がまわってくる。
しかも、相手が主体になるため、進めているモノゴトを、阻害もする。
時には、関係を築かないやり方が、あってもかまわない。
なぜ、格闘家や修験者が、山にこもるのか。
これは、カンケイからくる雑務から、逃れる為。そしてヒトに甘えてしまうのを、防ぐ為。
雑務から逃れ、甘えを防いでナニをするんだろう。
おそらく、目的を持っている。しかもかなりシッカリとした目的が、あるように思う。
とても専念できる。世間から離れて、その目的に向かって専念できる。それだけに、当事者にとっては、とても意義のある目的であるには、間違いない。
カンケイを築いたままでも、目的にはむかえる。更には、突然起こる不確定要素は、目的に辿り着く、早道にもなり得る。
それでも、関係を断ち、孤独になっていく。おそらくこの孤独が、捨て身にさせ、保身を消すから。
保身がなければ、全身全霊を傾けるコトが出来る。それはとてもシャープに、モノゴトを捉える。
孤独の状態も、ひとつ有りうるカタチ。孤独の中で、その意義あるモノを追い求める。そのためには、関係を断つコトも、選択肢になりうる。それぞれの状況にしか出来ないコトが、あるというコトかもしれない。